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評価:
J・モーティマー・アドラー,V・チャールズ・ドーレン
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昨年1度読んで、この間読み直しが終わりました。
今回は、ちょこちょこメモを取りながら読んだので、1回目よりは理解度が高まったかな?
内容は、一言でいえば読書論です。
1940年代にアメリカで出版された本、といことで、すこし時代を感じます。
ざっとまとめると、こんな感じ↓
【前提】
・読書には、娯楽のため、情報を得るため、教養のための読書があるが、この本で扱うのは主に教養(=理解度を高め、総じて精神を向上させるため)の読書。
・効果的で意義のある読書のためには、技術が必要であり、それは4段階に分かれている。
・各段階は、それ以前の段階までの技術習得を条件としている。
【段階】
1 初級読書:対象言語を習得しており、言葉の意味、文章の意味をとらえることに難がないこと。頻繁な辞書の使用をしている場合、言葉の意味が分からない場合は、初級習得に至っていない。
2 点検読書:本の題名、序文、目次などから、本の種類と主題、構成を読み取り、重要そうな章の一部を拾い読みすることで、内容を全体的に把握する。そのうえで、時間を割いて読むべきかどうかを判断する。
3 分析読書:まずは本全体を読み通す。著者の用語の使い方や議論の展開の仕方に注目しながら、著者が立てた命題(=本を書くに至った動機にあたる、著者の問題提議/問題意識)を読み取る。著者の答えを読み取り、それに至るまでの論理展開を確認する。
その方な手順で本を理解したうえで、読者は本を批評する。その際には、賛成・反対・保留の3択があるが、いずれの場合も感覚ではなく理性でもって、著者の命題から回答へ至るまでの論理展開を審査しなければならない。
4 シントピカル読書:同一主題について、複数の本を読み比較検討する方法。この場合、命題を立てるのは読者であり、各本を参考に自分なりの答えを探すことになる。
番外:文学の読み方:教養書と文学とでは読み方が異なるが、教養書の読み方を応用することができる。
まず何に関する本か、種類は何かを知る(例:小説・詩・戯曲/歴史もの・恋愛もの・社会派など)。登場人物、世界設定などをよく知る。全体の統一(=プロット)を見極め、部分(=エピソード)の構成をみる。物語の世界に浸り、その中にある出来事を経験する。
その様に文学を味わい、自分にとって何がどう面白かったのか(=何がその作品の美であるのか)、言えるようであれば、文学を読む意義は達せられる。
こう書くと固いんですが。
文章はとても読みやすいですよ、本当に。
著者の言に依れば、本をきちんと理解しないと批評しちゃダメなんですけど。
そこまでは自信がないので、批評じゃなくて感想です(笑)
全体として、分かりやすくてためになると思いました。
今まで感覚でしてきたことを、文章でまとめてもらい、なおかつ不明点を説明してもらった感じです。
特に批評の仕方やシントピカル読書のあたりは、なるほどと思いました。
が、とくに批評のところは、「あーこれは本書きの叫びだなー」と思うところもありました。
賛成にしろ反対にしろ、本の内容を理解してからにするべきだ、というのは、きっとどの著者も思うことだと思います。
勿論、人間のコミュニケーションとしては当然のことですが、著者が書いているように、著者は本を出版したら最後、自分を弁護する機会はほとんどないので、特に切実だと思います。
それから、著者が教養書の価値を「真実」に、文学の価値を「美」においている点、「本の著者の意図」を「読者が読み取るべき」だとする点などは、時代の差だなと思いました。
個人的には、本の価値判断についてはこの本に同意するのですが、なにを「真実」として「美」とするのか、の基準があいまいです。
確かにあると感じるのに、論理的に説明できない、というジレンマは私もいつも抱えているのですが、本の価値の基準を「真実」「美」に求めるのは難しいです。現在の価値観と理論からすると。
それから、「作者の意図」「読者の義務」なども。
これも個人的には、うなずけるところもあるんですけれども、「作者の死」と読者の不在が言われて久しい文学理論の世界で、どこまで賛同できるかは、ちょっとわかりかねます。
文学でなくて、いわゆる実用書だと、作者の意図って言われてもわかりやすい気はするんですけれどね。
これも私の課題だなー…。
ま、とりあえず、次に学術書読むときは、この本で読んだ段階とかを意識しながら読んでみようと思います。
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